シングル“ニュー・ソウル”が『Apple MacBook Air』のCMに起用されたことで全世界で大ヒットし、一躍スターとなったパリ在住の女性シンガー、ヤエル・ナイム。日本で彼女が広く知られるようになったのは、2012年に小泉今日子、中井貴一らが出演したTVドラマ、『最後から二番目の恋』の劇中で“ゴー・トゥ・ザ・リバー”(アルバム『She was a boy』収録)が使用されたことがきっかけだった。

Yael Naim – Go To The River

彼女のその独自のポップネスは、仏語、英語、ヘブライ語を使った多彩な言葉の響きと、クラシック、フォーク、ジャズを織り交ぜたアコースティック・サウンドが合わさる事で生まれている。

ヤエル・ナイムは1978年にパリに生まれ、幼少の頃をイスラエルで過ごした。引越先にピアノがあったことがきっかけで音楽と出会い、クラシック・ピアノを習い始める。やがて、父親の影響もあってビートルズを聴き始め、ポップスへ興味を持つようになる。そして自らヴォーカルの才能にも気が付いた彼女は、18才の時にジョニ・ミッチェルに傾倒し、歌詞の世界にも目覚めていった。こうして希代のSSWとしての下地が完成していく。

その後2001年にフランスでアルバム・デビューを果たし。2004年に現在のプロデューサーであるダヴィッド・ドナスィアンと出会い、その才能を一気に開花させる。日本には08年・09年に来日し、ファンを喜ばせた。そして今年の3月に、iPhone6のCM使用曲“ウォーク・ウォーク”も収録された、5年ぶりの新作アルバム『Older』を国内リリース。待望の来日公演も開催される事がアナウンスされた。

今回、最新作と来日公演を控えたこのタイミングでインタビューを敢行。新作の話はもちろん、出産を経て母となった経験や、昨年11月末にパリで起きたテロ事件公式追悼イベントでのパフォーマンスなど、彼女のパーソナルな部分にも迫る読み応えのあるインタビューとなった。

text by Qetic

Interview:Yael Naim(ヤエル・ナイム)

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――祖母の死と出産を経て、このアルバムで死と生という壮大なテーマと取り組むにあたって、どんなヴィジョンを抱いていましたか?

音楽は私にとって、自分の人生に起きるあらゆる出来事と向き合うための、自然で無意識な手段です。祖母が亡くなった時、私は当然のごとく悲しみを抱きました。でもそれは、すぐには表面に表れない、深い場所を流れる水みたいな感情で……私の曲の中に祖母はゆっくりと姿を見せ始めました。もしかしたら私は、死後も彼女と対話をし続ける、或いは彼女について語り続ける必要を感じていたのかもしれません。出産前私はいつも、自分の子供のことを曲にしたりは決してしないと断言していたものです(笑)。それに、ある意味で子供のことは書いていないんです。……でも私は、こんなにも混乱した極端な感情を抱くとは予想していませんでした。例えば、歓喜と怖れが混在しているかのような感情だったり。自分が体験していることを曲に書かなければ、という欲求を抱きました。というのも、私はそうやって物事に対処しているんです。“カワード”と“メイク・ア・チャイルド”を始めとする数曲で、出産前に、初めて母親になるにあたって私が抱いた気持ちを表現しています。従ってこれは私にとって難しいことではなく、何らかの形で自分を表現しないと頭がおかしくなってしまうという、私の人生のリアリティなんです(笑)。

――あなたの恐れや不安、或いは勇気、気持ちを曲にすることで、どんな答えを得ましたか?

自分が抱いている感情を受け入れて、それらについて曲を書くことは、まるで鏡のように機能しました。自分の強い部分と弱い部分を私は確認し、それが、自分自身を抵抗なく受け入れるよう私を促してくれました。そしてさらに、私を変えて前進させ、進化と解放をもたらす手助けをしてくれたんです。これらの感情を表現し、分かち合うことで、私は自分が独りきりではないのだと悟りました。ひとりの人間の人生において、ふたつの最も大きな未知なる変化、つまり死と誕生を体験するにあたって、不安を抱くのは珍しいことではないのだと。
 
――母親になったことは、アーティストとしてのあなたにどんな影響を与えましたか? 目的意識や、表現したいこと、音楽が持つ意味合いは、以前とは変わりましたか?

私に一種の勇気と力を与えてくれたと思います。もしかしたら声と歌い方にも、何らかの影響を与えたかもしれません。時間の使い方もうまくなりました。商業的成功を追い求めたり、宣伝マシーンと化すのではなく、新しい音楽を作ることと、家族と一緒に過ごすことを最優先して。

――どんな母親でありたいと思っていますか?

自分のアートと自分が書く曲の関係について話すことに抵抗はなくて、それも場合によってはパーソナルになり得るんですが、自分の人生のパーソナルな面については話さないでおきます。

――アルバム・タイトルとしての『Older』という言葉に込めた想いは?

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