音楽ファンにとって、夏の季節は音楽フェスのためにある、と言っても過言ではないだろう。そして、世界を代表するアメリカの大都市・ニューヨークでも、毎年様々な種類の野外フェスティバルが開催され、高層ビルに囲まれて生活するニューヨーカーたちの恰好のレジャーイベントとなっている。ニューヨーク近郊で開催される数ある音楽フェスの中でも、とりわけ幅広い層のニューヨーカーたちに親しまれているのが、この<ガバナーズ・ボール・ミュージック・フェスティバル(以下、ガバナーズ・ボール)>だ。(最終日の6月5日が悪天候によりキャンセルになってしまったため、)今年は6月3日〜4日と2日間に渡って開催され、ザ・ストロークス、ザ・キラーズ、ロビン、M83、ベック、ジェイミー・エックスエックスなど、ジャンルの垣根を超えた多種多様なアーティストが演奏を行った。

GOVBALLNYC 2016 – THANK YOU!

初日を除けば通常のチケットに加えVIPチケットもソールドアウトとなり、今年も例年通り、音楽好きのニューヨーカーたちを魅了したと言えるだろう。去年までとの大きな違いは、来る7月に同じ土地ランダルズ・アイランドで<パノラマ>が開催されることで、<ガバナーズ・ボール>の独占状態であった市場にライバルが出現したことである。カリフォルニアの野外音楽フェスティバル<コーチェラ>を運営しているアメリカ大手のプロモーション会社AEG Live傘下のGoldenvoiceが、新規にニューヨークの大型野外フェスとして企画したのが、<パノラマ>だ。大手会社によって運営されている<パノラマ>に対して、<ガバナーズ・ボール>は、アメリカの音楽産業でも数少ない独立系プロモーション企業の一つ、Founders Entertainmentによって運営されている。独立系企業が6年に渡って困難を乗り越えながらも、ニューヨークに野外音楽フェスティバルとしての<ガバナーズ・ボール>を定着させてきたわけだが、今年に入り、それが崩されようとしているのだ。当初<パノラマ>は、マンハッタン島の隣に位置するクイーンズのフラッシング・メドウズ・コロナ・パークで開催を予定していたが、諸々の理由により、<ガバナーズ・ボール>と同じ土地であるランダルズ・アイランドで開催する運びとなった。同じシーズン、同じロケーション、似たようなラインナップとなったことで、<ガバナーズ・ボール>の運営側は、<パノラマ>開催の是非に対して、ニューヨーク市長に提出する署名運動まで行うこととなったのだ。結局、その署名運動も空しく、<パノラマ>は予定通りランダルズ・アイランドにて<ガバナーズ・アイランド>の7週間後に行われることになったのだが。こうした理由で、<ガバナーズ・ボール>にとっては、今年は存続を賭けた年であったとも言える。

NY音楽フェス史から紐解く、ガバナーズ・ボール。また新参のパノラマとは? music160614_gb_3

NY音楽フェス史から紐解く、ガバナーズ・ボール。また新参のパノラマとは? music160614_gb_12

<パノラマ>の台頭からも顕著なように、ニューヨークのフェスを取り巻く状況も年々変化しつつあることが理解できる。ここニューヨークでは、歴史的にも様々な野外フェスティバルが誕生してきたわけであるが、ニューヨーク近郊における音楽フェスの歴史とその隆盛を簡単に振り返ることで、<ガバナーズ・ボール>の魅力やその立ち位置を再考することにしてみようと思う。

NY音楽フェス史から紐解く、ガバナーズ・ボール。また新参のパノラマとは? music160614_gb_1

アメリカの音楽フェスと言われて、真っ先に心に浮かぶのが、<Woodstock Music and Art Festival(以下、ウッドストック)>だ。1969年8月15日〜17日の3日間(実際は18日午前までの4日間)、ニューヨーク州サリバン郡で開催され、そのフェスでのパフォーマンスは今や伝説として語り継がれている。ヒッピーカルチャーの頂点として語り継がれることも多く、来場者はそこに音楽のユートピアを垣間見たのではないのだろうか。

Jimi Hendrix Purple Haze Live at Woodstock

<ウッドストック>よりも以前から開催されていた野外フェスティバルであり、歴史的な瞬間を数多く生み出したフェスが、<ニューポート・フォーク>だ。1954年から、ニューポートのロード・アイランドで開催されていた<ニューポート・ジャズ>の対となる存在として、1959年から1971年までの間人々の間で親しまれたが一端終わりを迎え、1985年に復活、以降現在まで続いている。<ニューポート・フォーク>はニューヨーク州発祥のフェスではないが、ニューヨークを中心に活動していたボブ・ディランと縁のあるフェスとしてよく知られており、ディランがフォークからロックへと音楽性を移行させたとき真っ先に反応を示したのも、1965年のこのフェスの観客だった。

Bob Dylan – “Live at Newport Folk Festival” teaser

2005年からニューヨークのブルックリンで毎年開催されているのが、<アフロパンク>だ。この<アフロパンク>の理念は、白人優勢なパンク・サブカルチャーに黒人が入り込んでいくための機会の提供であり、実際、会場にも人種主義、性別主義、年齢主義に反対するスローガンが掲げられている。人種の坩堝として知られ、世界中の様々な人々が暮らすニューヨークで、こうした意識を持つフェスティバルが開催されていることは、非常に意義のあることではないだろうか。

AFROPUNK: The new counter culture

ニューヨーク近郊の野外フェスティバルをすべて列挙することはできないが、大衆音楽史の流れの中でも極めて重要な瞬間を内包しているのが、こうした野外フェスティバルの魅力だろう。そして、それぞれのフェスティバルにそれぞれの理念や文脈があることも重要だ。現在でもニューヨークでは、<ガバナーズ・ボール>とライバル的位置にある<パノラマ>、EDMの大型フェス<エレクトリック・ズー>、ほかにもテキサスの<SXSW>と対となる新人が多く出演する音楽見本市<CMJ>など、多種多様な野外フェスティバルが開催されている。

次ページ:一見すると、似たような立ち位置にいるようにも思える2つのフェスであるが、意外と棲み分けははっきりしている