前作『ハリー・アップ・ウィ・アー・ドリーミング』が全米15位を記録し、グラミー賞のベスト・オルタナティブ・アルバム賞にノミネート、リードトラックの“Midnight City”がピッチフォークの2011年度「ソング・オブ・ザ・イヤー」部門で1位に輝くなど、世界中で高い評価を得ているM83。2013年に公開された、トム・クルーズ主演の映画『オブリビオン』では音楽を担当し、日本でも高い人気を誇る彼らが、およそ5年ぶりとなる通算7枚目のアルバム『ジャンク』を、〈Naive〉よりリリースする。

M83は、フランス人のアンソニー・ゴンザレスが、高校時代の友人であるニコラ・フロマジョとともに結成したバンド。2001年に自らのバンド名を冠したアルバム『M83』でデビューを果たし、当初は本国のレーベル〈Gooom〉のみのリリースだったが、のちに〈Mute〉から再発されてヨーロッパ以外の地域でも広く知られるようになった。ささやくようなヴォーカルや、幾重にもレイヤーされたシンセ、フィードバックノイズなどを多用したそのサウンドは、当時ほとんど死語と化していた「シューゲイザー」というジャンルの再評価を促すキッカケの一つとなり、さらにはエレクトロニカとシューゲイザーの親和性の高さを証明するものでもあった。

M83 ‘Midnight City’ Official video

M83周辺のバンドと受け継がれるシューゲイザーの遺伝子

のちに「エレクトロ・シューゲイザー」「ニューゲイザー」などと呼ばれることになる、M83やその周辺のバンドについて、ここでざっと振り返ってみたい。上述したようにシューゲイザーというジャンルは、91年にリリースされたマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(以下、MBV)のセカンド・アルバム『Loveless』以降、急速に衰退していき、グランジやブリットポップの隆盛もあって90年代後半にはほとんど壊滅状態となってしまった。シーンの中心核であるMBVが、長きにわたる沈黙状態に入ってしまったこと、シューゲイザーというジャンルそのものが自家中毒を起こし、『Loveless』を上回るサウンドを生み出し得なかったことなども、要因であっただろう。

My Bloody Valentine – Only Shallow

しかし、シューゲイザーの遺伝子は新しい世代のミュージシャンへと確実に受け継がれていき、別の形となって2000年代以降に世界各地で花開いていく。例えばモグワイやエクスプロージョンズ・イン・ザ・スカイ、65デイズオブスタティックら“轟音ポストロック”と呼ばれるバンドや、シガー・ロス、ムームら北欧のバンド、あるいはディアハンターやアストロブライト、リンゴ・デススターなど、アメリカのオルタナ・シーンから生まれたバンドの中に、シューゲイザー(とりわけケヴィン・シールズが生みだしたトレモロアーム奏法によるサイケデリックな揺らぎや、浮遊感あふれるコードワーク)の影響がみて取れる。

65daysofstatic – Retreat! Retreat!

Sigur Ross – Hoppipolla

Deerhunter – Cover Me (Slowly)/Agoraphobia

Ringo Deathstarr – Kaleidoscope

一方、IDM(インテリジェント・ダンス・ミュージック)と呼ばれるアーティスト、例えばボーズ・オブ・カナダやオウテカ、プレフューズ73らのサウンドにも、シューゲイザーの影響を指摘する声はあった。M83のファースト・アルバムも、この文脈に位置付けられるサウンドといえよう。象徴的だったのは、2002年にドイツのエレクトロニカ・レーベル〈Morr〉からリリースされた、スロウダイヴのトリビュート・アルバム『Blue Skied An’ Clear A Morr Music Compilation』だ。ウルリッヒ・シュナウスやマニュアル、ムームらエレクトロニカ出身のアーティストが参加し、90年代に活躍したシューゲイザー・バンドの楽曲を、思い思いの方法で料理した。この、シューゲイザーとエレクトロニカの“幸福な出会い”以降、イパやファック・ボタンズ、フィードル、スクール・オブ・セヴン・ベルズやザ・ビッグ・ピンクなど、様々な種類の「エレクトロ・シューゲイザー」が次々と誕生していくのである。

Ulrich Schnauss – Crazy For You

School of Seven Bells ‘Windstorm’

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