約4年振りとなる最新作『デス・エクスプレス』を手土産に、リトル・バーリー(Little Barrie)が日本に帰ってくる。思えば2004年のデビュー以降、彼らは日本のロック・リスナーにとって、長い間ずっと特別な存在だった。そして同時に、彼ら自身も日本に特別な思い入れを持ってくれていることは、最新作のアートワークに過去の来日公演でファンが撮影した写真が採用された事実からもうかがい知れる。

ロックンロール・リヴァイヴァル全盛の2000年代半ばから、ダウンロード販売の普及、ストリーミング・サービスの登場・定着などを経て音楽の聴き方が大きく変わり、それに伴って音楽のあり方も急激に変容しつつある現在に至るまで。彼らリトル・バーリーは首尾一貫して、3ピース・バンドという最小限の演奏形態によるロックンロール・サウンドにこだわり、流れの早いシーンを生き抜いてきた。ギターを主軸にした骨身だけのロックンロールが世界的に希少種となりつつある現代において、彼らはいわばロックンロールの伝道師であり、貴重なサヴァイヴァーなのだ。

そんな彼らの最新作『デス・エクスプレス』と、2月25日(土)・26日(日)に開催される<Hostess Club Weekender(ホステス・クラブ・ウィークエンダー)>での約3年振りとなる来日ライブに向けて、本稿では彼らの足跡を辿りつつ、リトル・バーリーが音楽シーンに残してきた功績を確認していこう。

リトル・バーリーが音楽シーンに残してきた功績

英国ロックの正統なる継承者リトル・バーリー、ロックンロールを貫いた18年の軌跡を辿る music_littlebarrie_01-700x433

1999年リトル・バーリー結成

リトル・バーリーのルーツは、1999年にまでさかのぼる。当時、地元のノッティンガムで音楽活動をはじめたバーリー・カドガン(Vo/G)がウェイン・フルウッド(Dr)と出会い、後にルイス・ワートン(Ba)が加わってリトル・バーリーが結成された。

彼らは数枚のデモ・シングルを発表した後、2004年に5曲入り『EP』で本格的に音源デビュー。この頃には、早くも本国イギリスでも知る人ぞ知る存在となり、バーリーは二十代前半という若さにしてモリッシーのツアー・ギタリストという大役を果たすことになった。翌年2005年2月にはデビュー・アルバム『ウィー・アー・リトル・バーリー』を発表。このアルバムのプロデュースを買って出たのは80年代ネオアコ・ブームの一翼を担った元オレンジ・ジュースのエドウィン・コリンズで、彼とリトル・バーリーとの関係はその後13年リリースの4作目『シャドウ』に至るまでコンスタントに続いていくことになる。

Little Barrie – Long Hair (promo video)

2005年のイギリスと言えば、前年にフランツ・フェルディナンドがデビュー作をヒットさせ、ロックンロール・リヴァイヴァルの中でもポストパンクからニューウェイヴ的なダンス・ビートが主流となりつつある時期。しかし、そのような潮流の中にありながら、彼らのデビュー作は、それとは一線を画す60年代的モッド・サウンドに貫かれていた。今現在の彼らと比べると演奏の線は細いが、ブルージーなギター・リフや、ダンス・ミュージックではなく、むしろヒップホップ以降を感じさせるグルーヴィなビートには彼らのコアがしっかりと刻まれている。この2005年と翌2006年には、<SUMMER SONIC(サマーソニック)>に2年続けて出演。持ち前のダイナミックな演奏で、日本でのファンベースを確たるものとした。

2枚目のアルバム『スタンド・ユア・グラウンド』リリース

『ウィー・アー・リトル・バーリー』の発表に伴うツアー終了後、バンドからはウェイン・フルウッドが脱退。しかし、リトル・バーリーはその逆境の中でも、身を粉にして2作目の制作に着手する。そうして出来上がったのが、前作からわずか1年半で届けられた『スタンド・ユア・グラウンド』だ。ここで彼らは、ヒップホップからインディを股にかける鬼才ダン・ジ・オートメーターをプロデューサーに起用。ウェインの抜けた穴を埋めるために、ダン・ジ・オートメーターの伝手を辿りラッセル・シミンズ(ジョン・スペンサー・エクスプロージョン)がドラムを数曲担当したことで、ヒップホップ通過後のモダン・ブルースという彼ら独自のサウンドがさらに力強さを増した渾身の1作となった。

Little Barrie – Love You

この頃から、リトル・バーリーとその中枢であるバーリー・カドガンの評価が、特に大御所ミュージシャンを中心として急激に高まっていく。まず、『スタンド・ユア・グラウンド』の制作に前後して、バーリー・カドガンがプライマル・スクリームのサポート・ギタリストに抜擢。その後、彼らがリリースした『ビューティフル・フューチャー』『モア・ライト』といったアルバムにおいても、ギタリストとして参加し重要な役割を担った。また、ブリティッシュ・ロックの重鎮、ポール・ウェラーの08年作『22ドリームズ』では、リトル・バーリーとして計3曲でバックの演奏を担当。その他にも、ストーン・ローゼズ、ダイナソーJr.、カサビアンら錚々たるバンドのライブにサポートとして参加、ケミカル・ブラザースやスピリチュアライズドといった大物のレコーディングに加わるなど、英国ロックの髄を知り尽くした若手随一のバンド/ギタリストとして、「ミュージシャンズ・ミュージシャン」のポジションを確固たるものにしていった。