った1曲で世界がひっくり返ってしまった。デヴィッド・ボウイはごくごく限られた一部の関係者を除き、新作の録音をしていることを完全に隠し通し(所属レコード会社のスタッフでさえこのことを知らされていなかったそうだ)、自身の66歳の誕生日である2013年1月8日に、新曲“ホエア・アー・ウィー・ナウ?”を何の前触れもなく、突如、発表した。このことが世界中でどれだけの騒ぎになったかは、もうすでにみなさんもご存じの通りだと思う。誰も予期していなかったこの新曲配信は、わずか24時間足らずで27カ国のiTunes Storeのトップ・アルバム・チャートで1位を獲得するという快挙を成し遂げ、同時にアナウンスされた10年ぶりのニュー・アルバム『ザ・ネクスト・デイ』がリリースされるというビッグ・ニュースが世界中を駆け巡った。その後、公開となった『ザ・ネクスト・デイ』のジャケットもまた衝撃的だった。彼の作品の中でも最も有名なひとつ『ヒーローズ』のジャケットに、大胆にも『ザ・ネクスト・デイ』と書かれた白枠を重ねたそのセンセーショナルなデザインは、輝かしい過去の栄光を抹消しようとしているかのようでもあり、我われの新作への期待と想像を大いに掻き立てたのだった。

とにもかくにも、あの日以来、我われは魔法にでもかかったかのようにデヴィッド・ボウイのことばかりを考えてしまっている。音楽とは、アートとは、再生ボタンをポチッと押して3分前後で完結/終了してしまう、そんなつまらないものではない。一瞬で世界をひっくり返してしまうパワーがあり、我われを歴史の傍観者から当事者へと変えてしまう。レディー・ガガはTwitterで「ベッドに横になりながらボウイの新しい曲を聴いてハイになる。もう二度とあるとは思わなかった恍惚の瞬間。ボウイの新曲を初めて聴いたところ」と語っていたそうだが、我われはいままさにそんなポップ・ミュージックのダイナミズムを体験させられているのだ。

そんな中、本日、いよいよ『ザ・ネクスト・デイ』が発売となる。プロデューサーはトニー・ヴィスコンティ。1969年、デヴィッド・ボウイとしてのデビュー・アルバム『スペース・オディティ』を手掛けて以来、数々の名作を手掛け “ボウイを創った男”として知られる男だ。しかし彼らがやろうとしていることは過去の焼き増しではない。示唆に富んだ奥深い歌詞、独特の美学や世界観が貫かれたサウンドといったデヴィッド・ボウイの最良の部分を残しつつも、確実に新たな方向性とヴィジョンを提示している。

私はここにいる
死んではいない
──ザ・ネクスト・デイ──

アルバムのオープニングを飾る力強いロック・ナンバー“ザ・ネクスト・デイ”でデヴィッド・ボウイが歌うそのフレーズが印象的だ。トニー・アウスラーによるミュージック・ビデオも秀逸だった“ホエア・アー・ウィー・ナウ?”ではかつて『ヒーローズ』をはじめとするベルリン3部作をレコーディングしたベルリンの街の荒涼とした風景を描き出しながら「Where Are We Now?(僕たちは今どこにいるのか?)」という問いを投げかけている。この2曲だけをとってもそうだが、過去と現在、そして未来に対するスタンス、ヴィジョンのようなものがアルバムの中にいくつも散りばめられており、様々なイマジネーションを掻き立てる。だが、ジャケットが示しているように、本作はマニアや往年のファンたちだけを喜ばせるためのアルバムではない。66歳の生ける伝説が偉大な過去を刷新し、新たな一歩を踏み出した。新しい世代によって聴かれ、解釈されることを本作は望んでいる。

(text by Naohiro Kato)

David Bowie – Where Are We Now?

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