しもあなたが近年のホセ・ジェイムズのライヴを観たことがあるなら、ホセと同じくフロントマンのような存在感でトランペットを吹くアフロヘアーの日本人を見たことがないだろうか? 1980年に兵庫県芦屋市で生まれ、神戸の大学を卒業後はNYに拠点を置くジャズ・トランペッター、黒田卓也。これまでに自主制作で3枚のアルバムを発表し、近年はホセのツアー・メンバーとして世界の大舞台を経験してきた。そんな彼が、なんと日本人としては初めてジャズ界の超名門、米〈ブルーノート〉と契約! ホセによる全面プロデュースのもと、彼のバンドを召集して通算4作目となる新作『ライジング・サン』をリリースする。冷静に考えて、これって本当に凄いことなのだ。

そもそも、長年ポップ/ロック方面で活躍してきたドン・ウォズを社長に迎えた近年の〈ブルーノート〉は、ロバート・グラスパーやホセ・ジェイムズといったヒップホップ/R&Bを自由に行き来する新世代のミュージシャンを多数フックアップし、ジャズ界に新たな風を吹き込んできた。そしてホセからのラヴコールを受け、彼が思う黒田卓也というジャズ・アーティストを具現化したこの『ライジング・サン』では、その新しい流れに連なる形で、クラブ・ミュージックの要素などを融合。これまで以上にリズムの強い音楽性で、より外側へと開かれたサウンドを手にしている。

それはジャズの魅力を現在進行形の音楽として若者に、より多くの人に広げていきたい――そう考える1人の日本人ジャズマンの、あくなき挑戦でもあるのだ。

Interview:黒田卓也

ーー〈ブルーノート〉との契約は、ホセ・ジェイムズとの繋がりから実現したものですか?

そうですね。そもそもは、ツアーの合間にNYで僕が自分のバンドで演奏しているところを、ホセが観にきてくれていたんです。僕の場合、今までプロデューサーを立てようと思ったこともなく、6人編成のバンドで、チームワークで魅せる感じだったんですけど

ーー思えば前作のタイトルも『シックス・エイセズ』(=6人のエースたち)でした。

つまり、“全てのメンバーに平等にチャンスを与える”ということです。でも彼は「それもいいけど、俺はお前がもっと見たい」と言ってくれていて。ある日突然「ひらめいたから聞いてくれ。俺がお前のアルバムをプロデュースしたい」と言ってきたんです。12年の9月頃ですね。日本で一緒に仕事をして(ホセのバンドとして<J-WAVE Gilles Peterson’s WORLDWIDE SHOWCASE>に出演)、アメリカに帰る飛行機を待つ空港の中でした。とはいえ、その時はどうせすぐ忘れるだろうと思っていたら、10月も、11月も、彼のバンドでのツアー先でも…「そろそろ決めた?」 とずーっと聞いてくる(笑)。それだけ情熱的に言ってくれるのならばと、彼のプロデュースでアルバムを作って、その後13年の7月に〈ブルーノート〉とサインしました。ホセのライヴで僕を何度も観てくれていたこともあって、社長のドン・ウォズさんが背中を押してくれたのは間違いないと思いますね。

ーー入る前、〈ブルーノート〉に対するイメージはどんなものだったんでしょう?

やっぱり“神聖な場所”ですね。それこそ自分がジャズを始めた頃から買ってきた名盤が沢山あるレーベルで、雲の上の存在と言うか、アーティストとして関われるなんてことは考えてもいなかった。“それはそれ”として、別に存在しているような感じでした。でも一方で、最近ではR&Bやヒップホップ色の強い、ジャズには聞こえない新しい動きが出てきていて、それをフォローしているのもまた〈ブルーノート〉なんですよね。

ーー特にドン・ウォズの社長就任以降、伝統的なジャズをリリースする一方、ロバート・グラスパーやホセ・ジェイムズら新世代を大きくフィーチャーしていますね。彼らは同じ方向を見ている仲間という感じですか?

そうですね。グラスパーは「今の音楽を、今の俺たちが表現することが大事なんだ」と口すっぱく言っていますけど、それはつまり、“昔のジャズが大好きで、それを復元する作業も否定する気はないけれど、自分は今の音楽をやりたい”ということなんです。ジャズって敷居が高いと思われているし、特に日本では若い人たちが聴くものではない。だからこそ、僕らは他のジャンルを好きな人たちにも“ジャズで面白いことが起きてる”と思わせたいんですよ。そうやってジャンルを越えて横に手を伸ばしていくことを、新世代の僕らはやっていいんじゃないかと思うんです。

Robert Glasper Experiment – Calls ft. Jill Scott

ーーたとえばそれを、伝統的なジャズではないと批判する人はいるんでしょうか?

少なくとも、僕の周りにはいないです。でも、確かに今ジャズ・ミュージシャンとしては難しい面もあって、“〈ブルーノート〉から若い日本人が作品を出す”という時に、伝統的なジャズを期待する人もいるわけです。その距離感には、たまにストレスを感じますね。でも1つ言えるのは、僕だって間違いなくそこを通ってきた人間だし、そういうジャズが誰よりも好きだということです。それに、ただ昔のジャズの復元をしていないだけで、僕は自分がやっていることが新しいとは思っていない。マイルス・デイヴィスだって彼のキャリアの中で、全てのジャンルに挑戦したわけですから。だからヒップホップやR&B、クラブ・ミュージックが好きな人のiPodに、今回のアルバムが入ってくれたら嬉しいんですよ。流石にAKBが好きな人は聴いてくれないかもしれないけど、自分の場合は特にインスト奏者として、その壁をぶち破ってみたいという気持ちが凄くある。そうやって僕も新世代を代表出来るなら、こんなに嬉しいことはないという感じですね。

ーーさて、今回は制作前にダブステップのオリジネイターの1人、マーラがキューバのミュージシャンと交流して作ったアルバム『Mala In Cuba』(12年)を好きで聴いていたそうですね。これは黒田さんの音楽性の幅広さがよく伝わるエピソードだと思います。

それはNYのおかげですよ。僕はNYに行くまでジャズしか聴いてなかったんですけど、あそこでは各ジャンルの本物の音楽を聴くことができる。ちょっと歩けば本物のラテンの人がサルサをやっていたり、ブラック・ゴスペル・チャーチがあったり、ロックもあればヒップホップもR&Bもあって…だから僕も、色んなものに触れてどんどんファンになった。恥ずかしい話、NYに来てすぐの頃はスティーヴィー(・ワンダー)だってほとんど知らなかったですから。そうすると「知らないの?」 という感じでみんなが貸してくれるんですけど、実際に聴いてみると“これはいいな。ジャズよりいいぞ!”って(笑)。

Mala – Cuba Electronic

ーーはははは。

実は僕が10年ほど住んでいるブルックリンの家が面白いところで、色んな人が毎日ビール片手にやってくるんです。僕とルームメイトの寝室の間に結構大きめのリビングがあって、みんながそこでiPadで何の気なしに音楽をかけて。映像やグラフィティをやっている日本人のアーティストが多いんで、かかる音楽はDJミュージックもあれば、昔のソウルもジャズもある。『Mala In Cuba』にもそうした中で出会って、すぐにiTunesで買いました。

ーーどんなところに魅力を感じたんでしょう?

あの作品って、DJ音楽なのにアコースティックな楽器を沢山使ってるじゃないですか。

ーー1曲目の“Introduction”なんて、まさにそういう感じですよね。

そうそう、最高ですね。新作では実際にそれをイメージして曲を作ったんですけど、あのアルバムは全体としてもよく出来ているし、やり過ぎない感じが好きなんです。キューバと聞くと普通は情熱的なイメージなのに、音楽の中に大人のマナーがあって、わざと空間をいっぱい使ってクールに仕上げている。そういう間の使い方に凄く影響されましたね。

ーーホセ・ジェイムズのツアー・バンドで経験したことも大きかったですか?

もちろん、すごく大きかったですよ。NYのローカルで大小関係なく細かい仕事をやっていたのに、それがいきなり1万人の観客を相手にしたり、僕の一番の憧れ、ロイ・ハーグローヴの直後にステージに上がったりするようになったわけですから。「俺は本当にこの後に吹くのか!?」 と戸惑ったり、ヘコんだりもしました。でもそれを2年続けて、自分のスタイルや声を持つ作業を、あのバンドの中で強くすることができたんだと思います。

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