──そう考えると鷹姫は、浮き世と異界の橋渡しをする存在にも思えてきますね。では、その演目のなかで今回、アヌーナが果たすべき役割とは?

大きく2つの機能があると考えています。まず1つは冒頭で客席から登場し、ステージへ移行していくことで観客の意識を物語の世界観へ誘うこと。さらには鷹姫の分身として、自然なり異界の存在を“声”で体現すること、です。鷹姫というキャラクターに、僕たちが感情と呼び習わしているなにかが備わっているかどうかはわかりません。ただ、もし仮にそういうものがあるならばアヌーナはそれを反映し、いわば代弁する存在になるべきだと思う。木々の枝を揺らす風のような、あるいは岸辺に寄せる水のような楽曲によってね。能では本来、笛がその役割を果たしていますが、今回『ケルティック能』ではその部分をともに担っていくことになるでしょう。

【インタビュー】ケルト音楽×能 “ケルティック 能『鷹姫』”。人間国宝と世界のコーラス・ミュージックのスーパースターが追求する境地とは IMG_0410-700x467

──複数のヴォイスによって神秘的な“音の場”を生みだすのは、いわばアヌーナの真骨頂ですね。2014年、すみだトリフォニーホールで開かれた『ケルティック・クリスマス』では、蝋燭を手にしたメンバーたちが場内をゆっくり移動しながら歌うことで、なんとも言えない不思議なサラウンド空間を創出していました。今回の『鷹姫』でも同じように、歌い手のポジションを刻々と変えていく演出は考えていますか?

覚えていてくれてありがとう(笑)。答えはイエスです。大切なのは、お客さんの注目を自分たちに引き付けることではなく、自然そのものを思わせる精緻なアンサンブルで鷹の神秘性を讃えること。もともと能という芸能は、優れた風景画に似ていると思うんです。一見するとシンプルで、見た人が自由にイマジネーションを膨らませる余白がある。でもひとたび目を近付けて凝視すると、そこには驚くほど細密なディテールが描かれていて、決して飽きることがない。僕たちはその豊かな絵に観客の視線を引き込む、額縁のような存在でありたい。何度も言うように、それはコラール音楽という分野において本来アヌーナが目指してきた境地でもあるんです。

【インタビュー】ケルト音楽×能 “ケルティック 能『鷹姫』”。人間国宝と世界のコーラス・ミュージックのスーパースターが追求する境地とは interview_takahime_IMG_0125-700x467

──マイケルさんは、アヌーナの創始者であり現役のシンガーであると同時に、作曲家であり全楽曲のアレンジャーであり音楽監督でもあります。<ケルティック 能『鷹姫』>ではまったく新しいレパートリーが披露される予定ですが、準備は進んでいますか?

実は今回の記者会見(2016年10月31日)で来日する前に、かなりの部分を書き上げていたんです。でも玄祥先生といろいろお話しさせていただくなかで、それらはすべて廃棄しようと決めました。帰国して、もう一度、最初からやり直そうと。

──え!? そうなんですか?

はい(笑)。アイルランドで『鷹姫』の曲を準備していたとき、僕はどこかで、能独特の動きや地謡に自分たちの音楽を合わせなきゃと意識していた。だけど、今日ずっとお話ししてきたように、今回アヌーナに求められているのはそういう表層的なコラボレーションではありません。異界の象徴である鷹の想いを体現する、いわば“自然そのもの”を思わせるコーラスです。舞台からダイレクトに伝わってくる演者の動きをわざわざ音楽で補強したり、物語の筋を説明したりする必要はありません。その意味では、オペラともミュージカルともまったく違う。やっぱり、玄祥先生をはじめ演者の方々、さらには素晴らしい舞台装置、照明の作り手と一緒になって、1枚の絵画を描く感覚に近いかもしれません。

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──じゃあ、能の独特なリズムや和音階を無理に採り入れることもないと。

そうですね、基本的には考えていません。付け焼き刃で採り入れても、良い結果にはまずならないですからね(笑)。上っ面で手を握り合うよりは、互い表現の根底にあるものをぶつけ合い、根本の部分で響き合う方がずっといい。もし能における「幽玄」の境地が、自然界に偏在する大きな力と共振し、それを身体的に表現することであるなら、そこにはアヌーナの音楽と折り合えるポイントが必ずやあるはずです。それを探りながら、今回の<ケルティック 能『鷹姫』>にフィットする音楽について、もう一度考えてみたいなと。

──30周年を迎えるアヌーナにふさわしい、文字通り野心的なプロジェクトになりそうですね。2017年2月の公演に楽しみにしています。

ありがとう! 能とアヌーナがどのように響き合うかを、親愛なる日本のオーディエンスに1人でも多く目撃してもらえれば、こんなに嬉しいことはありません。

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EVENT INFORMATION

ケルティック 能『鷹姫』

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2017.02.16(木)
OPEN 18:00/START 19:00
Bunkamura オーチャードホール
料金:S席 ¥6,000(1階席, 2階席)/A席 ¥5,000(3階席)/学生席 ¥4,000(3階席)※未就学児入場不可
出演:梅若玄祥(能楽観世流シテ方 人間国宝)、アヌーナ(ケルティック・コーラス)、ほか
主催:アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)
助成・協力:東京都 協賛:Culture Ireland 協力:朝日新聞社
制作:プランクトン 制作協力:ダンスウエスト 後援:アイルランド大使館
詳細はこちら

photo by 片山拓