——そうした中で、『プリズナー』というアルバムが生まれるきっかけは、どこにあったのでしょうか? 例えば、とある1曲が出来て、その曲によってアルバムが導かれたとか。

どのアルバムに関しても、それは決まっていない。アルバムは自然と姿を表すものだから。いいアルバムというのは、そういうものだと思う。無理強いもできるよ。でも、それは無理強いされた音楽でしかないんだ。待って、待って、待って、曲が積み上がって、意味も積み上がって、ふと見ると、「ほら、あるじゃん、これに違いない。」ってことになるんだ。

——そこには共通した感情や、思い、意味が宿っているということですか?

そうだと思う。曲作りの神秘は、ソングライター自身がそのプロセスに関して無意識になれて、曲が書きあがった時点で、そこから何かを学ぶことができる。自分が知らなかった自分が、そこにいるんだ。

——自分が知らなかった自分を知って、戸惑ったり、持て余したりすることはないのでしょうか?

ないかな。知らない自分を知るのはいいことだよ。この年で自分のことを理解するというのは、練習を積み重ねないとなかなかできないことだ。さらに感情の山の頂きを目指して高みに行けば行くほど、時間はかかるし、危険も増していく。でも登り続けて、振り返った時に、これまで来た道のりが見えると、“あぁ”と感慨深く思う。だから、僕はこれを続けているんだと思う。アルコールを飲んで「あ、わかった!」ってひらめくのと同じことなんだ、僕にとってはね。人は酔っ払うことで、本来の自分から少し離れることができる。自分が何者かということが、酒の力を借りてわかるというか。これまでの僕の人生は、なるべく自分から離れよう、自分の中から出ようとしていたんだと思う。

自分を振り返るよりは、先の方を、他の場所を見ようとしていた。自分じゃないものが何かが、わからなかった。感情って、信号のサインみたいなものだと思う。自分以外のものになれる、こっちに行けばこうなれるよ、という指示なんだ。

僕にとって曲作りは、ロマンティックなものの考え方の形而上的なアプローチなんだよ。例えばね……これが僕(と、猫の絵を描く)。僕がしようとしていることは、自分とは違う自分がいて、曲はさらに遠いところにあって、自分のことばかりを見ているのではなく、より外に向かってみなくちゃいけない。自分の中から1回出て、さらに外を見る。それがどういうことなのかを知りたくて、音楽をやっているんだと思う。(※ライアンが絵を描きながらの説明)

——こういうことを考え出したのは、最近のことですか?

前から考えていたような気がするけど、以前より説明がうまくなったかもしれない。

——今作の資料によれば、自分の中にある様々な欲望についても考えた、と書かれていましたが、例えばその欲望とは具体的にどんなことなのでしょうか?

僕には、自分が何も感じない、感情が麻痺して鈍感になっているような自覚があったんだ。自分の魂の中で、そういうことが起きているのを自覚した瞬間に、解放された気がする。本当に見たい、経験したい、味を知りたい、新しい感じを知りたい、という思いが噴き出した。期待は全部外す。ただただその瞬間に参加している一人になった。それができればできるほど、全てが美しく見えて、音は大きく聞こえてきた。

——それが詰まっているのが『プリズナー』ということになるんですね。

そう。本当の自分から外に出ただけでは、まだプリズナー(囚われ人)状態なんだ。自分は自分でしかない。外から自分を見るだけではダメで、僕の目的は、それをすべて手放して、音楽を見ている猫になれたら知らない自分の未知の世界に目が行くようになって、全くすべて新しいものに思えるようになってくる。何があるかわからない。この「?」になりたいんだ。(※絵を見ながら説明)

——「?」になった時には、「?」が何なのかはわかっているのでしょう?

パラダイムだね。謎を知っていると思うことは、最初から質問自体を知っていたことになる。でも、僕は質問すらわかっていないから、答にはならない。

——これを文字原稿にする自信がありません(苦笑)。

簡単に言うとね。もし僕が、毎日、初めて見るようにすべての物事を見ることができたなら。そして、それと同じことが曲でできて、今度はその曲が、誰かが同じことをする時の助けになれたら、すべてがロマンティックになると思わない? 失恋も含めてね。これこそが、相手に対する共感、思いやりなんじゃないかな。

——なるほど。でも、あなたの音楽にはこれまでにもそういう部分はありましたよね。だから私も含めて、多くの人があなたの音楽を好きになった。

すごく近いところまでは来ていたと思うよ。地平線の上にいるみたいに。このグラスの淵にはいたと思う。でも今は、中に入っているんだ。皮肉にも、より自分であるためには、自分でいることから離れなくてはいけない。moreな自分になるために、lessな自分にならなくてはいけなかった。今のこの時点に於いて、今の年齢、経験から、何もしない状況にいる人は、友達なんかでも頑固になってしまう人が多いんだ。扉を閉めて、外を遮断してしまって、一つくらいドアは開いてるかな、って。誰が見ても「この人はこうだよね」って決めつけられて、それでもいい感じになってしまっている。

アメリカだと、「They are set in their ways(習慣を変えないこと)」っていう言い方をするんだけど、それでもいいってお互いに思ってしまう。でも僕は、すべてのドアのところに行って、一つずつとめ金を外して、ドア自体を取っ払って、大きな船を作るんだ。それで宇宙に飛んでいくんだ!!

——ひとりで? あるいは、その船には、どんな人たちを乗せて行くんですか?

大切なのは、船がどこにあるかだよ。人生って何? ライアン・アダムスであるってどういうこと? 人の中の動かない部分は認めながら、でも自分は動いていたい。それが自分のアーティストとして、人間としての旅なんだ。謙虚になるということ。謙虚になることにが、純粋な喜びに通じるのさ。

——現在のあなたは、愛することや愛されることを、恐れてはいませんよね?

誰かを想う気持ちと“愛”は別なんじゃないか、と思っているんだ。僕にとっての愛のコンセプトが変わった。僕と同じような経験のない人に言わせると……愛ってすごく大きな感情の宇宙みたいなもので、そこで人はひとりぼっちだと思っている。だから、その宇宙に漂いながら誰かを見つけると「あ、手に入れなくちゃ!」、「宇宙には自分一人だけじゃなかったんだ!」と思えて一緒になる。

でも、そうするとふたりの間だけの目線や視野になってしまう。ところが、一歩そこを離れると空間がたくさんあるんだよね。元々はその空間が怖かったんだと思う。そして今、その怖さをふたりで一緒に背負っている。相手にも背負わせてしまっている、ということ。でも今の僕は、何もない空間を感じていたい。誰かに笑わせてもらいたい。怖がらせるのではなくてね。自分の欲望を見つけた時には、美しいものがあると思えて、その時はもっと笑えるはずだ。その人の中にある美しさが、本当の意味でわかると思う。もし何かが起きて、愛や欲望のサブテキストみたいになってしまった時、自分が人間としてピュアなジョイを見つけるのが使命だと思っている。今は、恐怖も何もない空間がベスト・フレンドなんだ。

Ryan Adams – Doomsday (Audio)

RELEASE INFORMATION

プリズナー

【インタビュー】ライアン・アダムス 欲望に囚われた心を解き放つ最新作『プリズナー』に込めたものとは ryanadams_1-700x700
2017.02.17(金)
ライアン・アダムス
Hostess Entertainment
¥2,490(+tax)
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interview by 赤尾美香