――ソンゼイラという音楽プロジェクトでは、そうしたブラジルの音楽とジャイルス・ピーターソンの視点とが混ざり合って、さらに新しい音楽が出来上がっているように感じます。中原さんはアルバムを聴いて、どんな感想を持ちましたか?

僕は最初に聴いた時に、想像していたよりもブラジルの日常に近い仕上がりになってるな、と思いましたね。ロンドン経由でブラジルの音楽を捉えると、打ち込みが中心になったりサンバ・ハウス的なものになったりすることが多くて、このプロジェクトにも確かにそういう要素があります。でも、むしろブラジル人のフィルターを通してそうした要素を取り入れているという印象なんです。そういう意味でも、僕も旧友でもある共同プロデューサーの(アレシャンドリ・)カシンの、オタッキーな探求心、古いものから今のものまであらゆる音楽を聴きまくるディガーの精神が活きてるんじゃないかと思います。

――中原さんは、彼らの多くと実際に仕事をしたことがあるそうですが、彼らの普段の活動とソンゼイラでの活動を比べて、何か違いのようなものを感じる部分もありますか?

たとえばカシンは今ブラジル国内でものすごく多くの作品プロデュースなどを行なっているんですが、そうした他のものと比べても、ソンゼイラではむしろ変にいじくってない、ストレートなブラジル音楽に傾いていると思います。最近の彼は、ものによってはあざとくキーボードやギターを使ったりもするんですが、ここでは自身も演奏で参加しつつもオーガナイザー的な立場を取っていて、近年手掛けてきたものとは違うものになっていると思いますね。

――また、今回の映画にはリオの様々な場所が登場します。その多くに実際に行かれたことがある中原さんが選ぶ、リオに行ったら絶対に訪れて欲しい劇中のオススメの場所を教えていただけると嬉しいです。

ファヴェーラ(=スラム街)はなかなか気軽に行ける場所ではないので、行きやすくて、現在進行形の音楽が盛り上がっているという意味では、ラパという中心街にある地区ですね。ここは30~40年代に当時のサンバの人たちが集まって、酒を飲みながら音楽を作っていたボヘミアンの街でした。こう言っちゃなんですが娼婦街があって、夜の歓楽街だったんですね(笑)。でも50年代以降、コパカバーナとかイパネマとか、ブラジル南部の海岸地帯の新興住宅街にお金持ちが集まって、そっちに歓楽街が移ってから、ラパの方はすたれていきました。僕が初めてブラジルに行った85年の時点では、「治安も悪いし、夜にラパの街を歩くなんてとんでもない」という感じだったんです。それが90年代の終わり頃からだと思うんですが、リオの文化に重要な役割を果たした歴史的な地区としてリノベーションが進んで、今世紀に入ると大箱の3000~4000人入るクラブや30~40人の小規模なライヴハウス、バー、レストランなどが次々にオープンして。その多くが、古くからあった歴史的な建造物を壊さずに、もともとの景観を残しています。そしてそこから、サンバを中心とする音楽の新しい歌手やグループがどんどん出てきているんですよ。人によっては「ラパは観光化されてしまった」という人もいるんですが、それを言ったら渋谷だってそうですしね(笑)。

ジャイルスの映画をさらに楽しむ!ソンゼイラガイド①中原仁氏 interview150909_jin_3

――なるほど(笑)。

もちろん、実際に観光客向けの店が増えた部分もありますが、サンバやショーロといった伝統的な音楽から、ちょっと歩けばレゲエも、ファンキと呼ばれる今のブラジルのダンス・ミュージックも聴こえてくる。つまり、そこからあらゆる音楽が聴こえてくるような街で、週末にもなると大通りまで人がわんさか溢れて、ものすごいことになってるんです。そういう意味で、一番リオの夜遊び文化に触れられる場所だと思います。平日の昼間には人が出ていないので、夜の方がオススメです。人が沢山いるので当然スリもあるんですけど、色んな音楽を聴くことが出来るし、カリオカ(リオの人々)のナイト・カルチャーに触れるために、ぜひ足を運んでいただきたい。他にはもう一か所、ペドラ・ド・サウという、谷のようになっていて、劇中で停電になったところがあったじゃないですか?

――ああ! 谷のような地形の場所にびっしりと人が集まって、みんなで音楽を楽しんでいるシーンのことですね。

そう、あそこはまさにリオのサンバの発祥地と言われるところで、路上で音楽を楽しんでいるんです。ぺドラ・ド・サウというのは「塩の岩」という意味で、坂道が巨大な岩になっているところがあるんですよ。かつてそこは宗教的なパワー・スポットでした。僕も何度か行きましたけど、すごく盛り上がっていて、ラパからも遠くないので、「ラパは観光化されちゃったよね」という住民が今はこっちに移っていますね。若干途中の地域にワイルドな場所もありますけど、ここは日常に根差した、生活の一コマとしてのサンバに触れられるところ。ライヴハウスじゃないので、タダですしね。近くでビールや肉も買えるので、僕もいつもそうしているんです。

――そうした文化が成立するというところに、すごくブラジルらしさを感じました。

そうですね、周りは普通に住宅地なんです(笑)。ぺドラ・ド・サウはある意味今が旬の場所ですね。伝統的な場所ですが、今ホットな場所でもある。場所としてはその2つかな。

――では人物で、この人には注目しておいてほしい、という人はいますでしょうか?

カシンは友人だし、録音したのはLAですがセウ・ジョルジは僕が今一番好きな歌手でもあるし……ひとつに絞るのは本当に難しいですよ。でもやっぱり、エルザ・ソアレスになるのかなぁ。あの存在感は群を抜いていますよね。歌や声だけではなくて、この映画を通じて彼女が歩んできた人生が、本人の言葉で語られている。これはすごく貴重な発言ですし、それが映画に収められたことも素晴らしい。映画のハイライトのひとつですよね。

――また、ジャイルスが劇中で探し回っているジョゼ・プラテスのレコードについても教えてください。あの作品はブラジル音楽ファンにとってどんな存在なのでしょう?

あれはかなりレアなレコードなんですけど、いわゆるサンバのルーツのひとつであるアフリカに目を向けた作品で、しかも、まだそういうことをやっている人が少ない50年代の終わりに作られた作品なんです。ジャイルスさんは劇中で『YouTubeで聴いていた』という発言をしていますけど、僕も現物を観たのは(映画でのジャイルス・ピーターソンとまったく同じ)エヂ・モッタの家でした(笑)。実はこの作品、最近になってアナログで復刻されたんですよ。(といって復刻版のレコードを持ってきてくれる)……これです。

――おおお、本当ですね!!

もちろん、オリジナル盤ではないですけどね(笑)。コレクター的には、ジョルジ・ベンのヒット曲“マシュ・ケ・ナダ”のもとになる部分が出てくるというのがポイントです。

――そんな作品も所有しているエヂ・モッタのコレクションは、やはり凄いのでしょうか。

彼は自らパラノイアだと言うぐらいのレコード狂ですから(笑)。面白いのが、彼は生まれは70年前後だと思うんですが、昔インタビューした時に言っていたのは、「自分たちの世代はブラジルの音楽やブラジルという国はイケてないと思ってた」ということで。彼らが思春期を過ごした80年代の中盤ぐらいは、インフレがひどくて経済状態が最悪だったんです。それで、当時の若者は英語を喋ったり、アメリカの音楽を聴いたり、コカ・コーラを飲んでいた。だからエヂ・モッタも、海外の音楽ばかり聴いていたそうです。ソウル・ミュージックだけじゃなくて、スティーリー・ダンのようなものもそうだし、10年ぐらい前に「たぶんブラジルで、こんなにヘヴィ・メタルのレコードをコレクションしているのは俺以外にはいない」とも言っていたし。そして、ある程度歳がいってから、ブラジルの伝統的な音楽に出会ったようですね。そこから60年代~70年代とどんどん掘り下げていって、同時に海外のジャズや日本のジャズもニュー・ミュージックも、アメリカのAORも……まぁとにかく何でもコレクションしています。しかも、彼はワインのコレクターでもあるし、ヨーロッパのビールのコレクターでもあるし、世界のお茶のコレクターでもあるんですよ(笑)。

――(笑)。

それで思い出したんですけど、映画の中でエヂ・モッタとジャイルスが一緒にレコードを見ていたレコード店がありますよね? あれはガヴェアという地区にある『TRACKS』という20何年来の友人の店で、僕もリオに行ったら必ず顔を出しているんです。1階にはCDを置いていて、ブラジル音楽だけじゃなく海外のとがった面白い音楽が手に入ります。恐らくリオの中でも、インディーズの音楽が一番手に入る場所かもしれないですね。2階ではアナログや中古盤を扱ってます。地下鉄が近くまで通っているわけではないですけど、南部の治安がいいところなので、この店もオススメしたいですね。

――最新のリオの魅力が楽しめる場所のひとつだということですね。これは映画を楽しむためにもうかがいたいのですが、そもそも今回ジャイルス・ピーターソンが現地に向かった2013年のブラジルというのは、どういう時期だったと言えるのでしょうか?

あの頃だと、ワールドカップ前ということもあって、市内の全域ではないですが、警察によるファヴェーラの浄化作戦がほぼ完了したところだったと思います。それともうひとつは、00年代に入ってブラジル経済が一気に右肩上がりになった時代を経て、この頃になると少しかげりが見えてきた――。そんな時期でもありますね。ですから、この映画に描かれているファヴェーラにも、地域によっては最近ドラッグ・ディーラーが戻ってきている部分があるんです。「ファヴェーラが浄化されてよかった」と手放しに喜べない部分もあるんですよ。

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