ロンドン拠点に世界を飛び回る人気DJ、ジャイルス・ピーターソン。彼がワールドカップ開催を目前に控えた13年に現地の豪華な音楽家とコラボした『ソンゼイラ:ブラジル・バン・バン・バン』は、ジャイルスがかの地の音楽カルチャーの魅力を自分のフィルターを通して表現した、まさに“ブラジル音楽へのラブレター”とも言える作品でした。その雰囲気は、以前掲載したジャイルス本人のインタビューからも、ひしひしと伝わってきたんじゃないでしょうか??

そして今回、その制作過程を記録した音楽ドキュメンタリー『ブラジル・バン・バン・バン :ザ・ストーリー・オブ・ソンゼイラ〜ジャイルス・ピーターソンとパーフェクトビートを探しもとめて〜』が、いよいよ日本でも公開されます。ジャイルス御一行のリオデジャネイロ滞在と現地のミュージシャンとのアルバム制作風景を通して、美しいリオの風景や人々、かの地の音楽カルチャーの熱気を真空パックしたこの映画は、アルバム制作の舞台裏を描いた作品としても、今のリオを描いた作品としても魅力的なシーンが多数。まさに音楽カルチャーから現在のブラジルを紐解いていくような、素晴らしい映像作品になっているのです。

とはいえ、ブラジルのカルチャーについては、まだまだ知らないことが多すぎる……! という人も、きっと沢山いますよね? そこでQeticでは、映画をより楽しむために知識人の方にガイドを依頼。第一回はブラジル音楽に精通し、劇中に登場する多くのミュージシャンとも交流がある音楽プロデューサー/ラジオ番組制作者の中原仁さんに、サンバの歴史から映画の魅力までを語ってもらいました。ブラジル音楽のみならず、〈トーキング・ラウド〉の作品を筆頭にジャイルスの関連作にも親しむ中原さんは、今回の企画にはまさに適任。太陽と情熱の国ブラジルの音楽文化を身近に感じられること間違いなしの、貴重なインタビューをどうぞ!

Profile:中原 仁(Jin Nakahara)

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音楽・放送プロデューサー/選曲家
株式会社アルテニア代表
1954年・横浜生まれ。77年からFM番組の選曲・構成を始め、並行して84年までジャズ・フュージョン系のマネージメントとプロデュースに従事。85年から現在までに50回近くブラジルを訪れ、取材のほか、現地でショーロ・クラブ、ジョイス、Saigenji、akiko、無印良品「BGM13」、村田陽一 with イヴァン・リンス、高野寛などのCD制作(プロデューサー/コーディネイター/スーパーヴァイザー)、山下洋輔ブラジル公演(95年)のコーディネートなどを行なう。88年から現在まで続くブラジル音楽中心の番組「サウージ!サウダージ」(J-WAVE)のプロデュース/選曲をはじめ音楽番組の選曲/番組制作を手がけ、コンピレーションCDや空間BGMの監修/選曲、コンサートの企画プロデュース(2011年モレーノ・ヴェローゾ・ソロツアーなど)、ステージ構成/演出(小野リサ・コンサートツアーなど)、ライター、DJ、MC、カルチャーセンター講師としても活動。制作に関わった近作は『ゲッツ/ジルベルト+50』(アソシエイト・プロデューサー)、『ランデヴー/セルジオ・メンデス』(スーパーヴァイザー)、『OPA!/カンタス村田とサンバマシーンズ』(エグゼクティヴ・プロデューサー)、『TRIO/高野寛』(コーディネイター)。

Interview:中原仁

――今回はブラジル音楽の初心者の方々にも映画の魅力を伝えるために、色々とお話をきかせていただけたらと思っています。そもそも、ブラジルの音楽には、他の国と比べてどういった特徴があるのでしょうか?

一口で言うのは難しいですが、様々な異なる背景を持った国/地域の文化がミクスチャーされている、ということだと思いますね。分かりやすく言うと、宗主国だったポルトガル、かつて奴隷として連れてこられた人々のルーツであるアフリカ、そして先住民。これが3大要素だと言われています。でも実はそれ以外にも、ポルトガル以外のヨーロッパの国々……イタリアやスペイン、フランスなど、それからアラブ/ユダヤにいたるまで、様々な文化の要素が入っています。移民国家なので、言ってみれば地球の縮図のようで。しかも、これはブラジルに限らず中南米の国々に共通しているんですが、そういうものが、実際に混じり合っているんです。アメリカ合衆国も移民国家ですが、意外とそれぞれの文化は分かれていますよね。NYは人種の坩堝と言われていますけど、その人種分布はモザイクのようです。それに対してブラジルは“巨大なサラダボウル”と言われていて、その何でもアリ感が面白い。ブラジル固有の文化を持ちつつも、英米のロック/ヒップホップを筆頭に何でも取り入れるオープンマインドな感覚もあって、消化力があるんです。胃袋が強い。流石、肉食ですよね(笑)。

――とても分かりやすい解説で非常に面白いです(笑)。また、映画にも登場する通り、ブラジル音楽にはサンバの精神が宿っていると言いますが、これについても教えていただけますか?

今回の映画ではブラジル全体というより、“リオ(デジャネイロ)の音楽”にかなりフォーカスしています。そういう意味で言うと、まず、サンバという音楽は、20世紀のはじめに当時の首都だったリオで生まれた音楽なんですよ。19世紀の終わりに奴隷制度が解放されて、それまで農園などでこき使われていたアフリカをルーツとするブラジル人たちが、自由になって仕事を求めてリオにやってきた。そういう人たちが街の中心部から少し離れたところに住んで、アフリカからバイーアなどのブラジル北東部に受け継がれてきた音楽とダンスを持ち込んだのが始まりなんです。でも100%アフリカルーツの音楽というわけではなくて、映画に出てくるカヴァキーニョのような弦楽器も使われていますね。これはポルトガル人が持ち込んだ楽器で、つまり、ヨーロッパ伝来の要素もある。だからルーツはアフリカですけど、そういう意味ではサンバも多様な文化のミクスチャーだと言っていいんじゃないかな、と思います。それにサンバの中にも色んな種類があって、たとえばこの映画ではマンゲイラという、リオのカーニバルに出場する中でも一番人々に愛されているチームの本拠地に行くわけですけど、カーニバルは年に一回の晴れ舞台なので、他にもっと普段着感覚のサンバも存在するんです。

――カーニバルのものと普段のものとでは、音楽的にもかなり違うんですか?

基本は一緒ですが、テンポや使われる楽器が違いますね。たとえばマンゲイラのような規模になると、カーニバルでは250~300人の打楽器隊が一斉に繰り出して演奏をして、それに弦楽器や歌が乗って、パレードをするわけです。でも、それとは違って路上やバーのような空間でテーブルを出して、ビールを飲んだりつまみを食べたりしながら、みんなで気ままにサンバのジャムセッションを楽しむ……そういう日常的なものもある。他にも、サンバ・カンソンと呼ばれる音楽があって、それはもっと叙情的でロマンティックでメロディアス。サンバの賑やかでアッパーな雰囲気とは対照的で、ものによっては日本の歌謡曲に通じる哀愁のメロディもあります。そういう意味ではボサノヴァも、サンバの50年代におけるひとつの発展なんですよ。さらに、今ではサンバとファンク、サンバとヒップホップを混ぜ合わせた新しい音楽も生まれていて、セウ・ジョルジなんかはまさにその典型だし、時代と共にどんどん動いている。決して伝統的な民族音楽ではなくて、“都市のポピュラー・ミュージック”という風に考えてもらうと、その魅力が伝わりやすいんじゃないかと思いますね。

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