<カンヌ映画祭>・<パルムドール>を受賞した『ブンミおじさんの森』から5年。映画作家として、美術作家として、いま最も注目を集めているアピチャッポン・ウィーラセタクン。

ファンタジーとも形容しがたい、独特の世界観で映画を作り上げるアピチャッポン。この世のどこかにある場所で、この世には起こり得ないような物語が起きている。彼にとって言葉は飾りでしかないかも知れない。時間だって第三者が勝手に決めた区切りでしかないのかも知れない。それほどに彼の目を通して見たこの世界は、どことなく違ってみえる。

そんなアピチャッポン・ウィーラセタクン監督が、3月26日(土)から公開となる最新作『光りの墓』について、語った。

Interview:アピチャッポン・ウィーラセタクン

アピチャッポン監督が語る最新作『光りの墓』 film160323_hikari_1

ーーいくつかの点で、この映画は、これまでの映画よりもナラティヴな物語映画に近いと言えますよね。

これまでの映画と同じように、『光りの墓』の製作過程はとてもオーガニックなものです。僕は自分の夢を観察し、それが、自分が作る映画以上にナラティヴであることに気づきました。僕は、夢にも、目覚めの経験と同じ重要性を与えました。振り返ってみると、この映画は、目覚めている夢、一見夢のようである現実、そんなふうにも言えると思います。

ーー物語は、病院の地下深くには実はかつての王宮が眠っていて……という設定です。映画の後半に、かつてあったはずの宮殿を案内すると言うシーンが後半に出てきますが、実際に宮殿を描くことはないですね。

異なる現実、異なるイマジネーション、異なる時間軸の共存のようなものが表象されているのが、この映画の後半部分だと思います。僕にとってこの映画が面白く思えるのは、僕たちは現実に、この映画の扇風機のように、現実を知覚する周波数が異なることがあり得るということだと思うのです。たとえば僕たちが「宮殿」というものを想像するとき、それぞれの人のそれまでの経験によって、その時の想像の中で観えてくる「宮殿」が違う。そんな、これを観るそれぞれの人の経験によって違う何かをこの映画がもたらすことができたならば、僕は非常にうれしい。

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ーージェンさん(主演のジェンジラー・ポンパット・ワイドナー)のことを伺いたいのですが、ジェンさんは『ブリスフリー・ユアーズ』(02年)が初めての出演作だと思うのですが、どんどんと素晴らしい女優さんになってきていて、『光りの墓』では主演女優賞を挙げたいくらいの素晴らしさだったのですが、監督にとって、被写体としてのジェンさんの魅力を教えてください。

僕は自分がキャスティングした俳優を愛してしまうタイプなんですが、性格が好きな人、その人の生い立ちみたいなものを見てキャスティングをします。特に、自分にはない生い立ちの人を選ぶ傾向があります。僕は親が医者でしたので、ほかの人よりもずっと境遇がよかったと言えると思いますが、俳優たちには、自分とは違う人生を歩んできた人としてのアングルを示してほしいと思っています。それに対するあこがれと尊敬の念を、僕は持っています。

ジェンジラーなんですが、非常に苦労してきた人なんですね。工場での縫子さんをやったり、ゴルフのキャディをやったり、メイドをしたりして、苦労しながら二人の娘を育ててきた。今ではとても親しい友人になっていて、むしろ僕にとっては母親のような存在になっているかもしれません。今のところお互いにいろんなものを共有しあったり、分かち合ったりしていて、会話をすることによって互いを支えあう、というような関係です。

もうひとつは、僕の映画の中では、彼女を通して観た僕の人生が反映されていると言えると思います。というのも、彼女はとても記憶力がいいんですね。イサーンでいろんな政治的な事件があった。そういうことの詳細な記憶を彼女は持っていて語ってくれるんです。その中には僕の知らなかったこともたくさんありました。もうひとつは彼女は、僕の映画を通して、イサーンに生きる女性が、どのような夢を持ってどのような野心を抱いているかということを、僕に教えてくれました。

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ーー監督はもしかして意識していないかもしれないですが、これまでの映画で、ジェンさんは必ず「恋愛担当」なんですよ。不倫をしたり、誰かに愛されたり。

それは気付かなかったのですが、実人生でも彼女はそうなんですよ。

ーーアメリカの方と結婚したばかりなんですよね。映画の中に出てきたアメリカ人は、本当の旦那さんですか?

映画と同じで、退役軍人なんです。でもちがいます(笑)。本人は出たがらないタイプの人です。

ーーキャストのほとんどはイサーン地方の人で、主にイサーン方言が話されていますね。全般的には、イサーンにはタイに反抗する特有の伝統や変わった信仰があると考えられているのでしょうか?

イサーンは、かつてカンボジアとラオスという異なる帝国から成り立っていて、それは、バンコクが東北部の権限を掌握し、統一化(またはタイ化)するまで続いていました。僕の家族は、僕が生まれる数年前にバンコクからイサーンに移りました。イサーンは、乾燥地域で、(バンコクがある)中央平原のように恵まれた場所ではありません。しかし、僕にとっては、クメールのアニミズムを伝える、とてもカラフルな場所です。イサーンの人々は、日常生活に生きているだけでなく、スピリチュアルな世界にも生きています。そこでは、単純な事柄が魔法になるのです。

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ーーいくつかの海外インタビューの中で、検閲されたくないので『光りの墓』はタイでは公開しないということを語ったり、あとは、タイでは映画を作らないつもりだということを語っているのですが、それは真実なんでしょうか?

そうです。今の軍事政権下における環境というのが、僕が公の場で自分の映画について語ることを不可能にしているのです。僕は自分の仕事を、今の国の空気の中ではシェアできないと思っています。そこには自由がないからです。だからこのような発言をするということは、ひとつの宣言なんです。今この国が行おうとしていることに対して、自分はそれとは違った場所で活動するという立場を表明しているのです。ただ、将来的に国が変わったら、僕の気持ちも変わると思います。

ーー次回作について教えていただけますか?

次の作品では、これまでも魅了されてきた「健康と病」というテーマにまだ取りつかれていまして、化学物質が記憶や脳にどのような作用を起こすのか、ということをテーマにしているので、そのことについてリサーチを今、深めようとしています。次回作は南米を舞台にすると思います。

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なお、公開初日のシアター・イメージフォーラムでは、上映後にSkypeによるアピチャッポン監督とのQ&Aを予定。詳細は『光りの墓』公式SNSにてチェックしてみよう。

光りの墓

3月26日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー!


製作・脚本・監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン
原題:รักที่ขอนแก่น  英語題:CEMETERY OF SPLENDOUR
2015年|タイ、イギリス、フランス、ドイツ、マレーシア| 122分| 5.1surround | DCP 

キャスト
ジェン:ジェンジラー・ポンパット・ワイドナー
イット:バンロップ・ロームノーイ
ケン:ジャリンパッタラー・ルアンラム

スタッフ
撮影監督:ディエゴ・ガルシア
美術:エーカラット・ホームラオー
音響デザイン:アックリットチャルーム・カンラヤーナミット
編集:リー・チャータメーティークン
ライン・プロデューサー:スチャーダー・スワンナソーン
第1助監督:ソムポット・チットケーソーンポン
プロデューサー:キース・グリフィス、サイモン・フィールド、シャルル・ド・モー、ミヒャエル・ヴェーバー、ハンス・ガイセンデルファー

タイ語翻訳:福冨渉 日本語字幕:間渕康子 
配給・宣伝:ムヴィオラ 宣伝協力:boid 

© Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)

公式サイト

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