第43回 その先に見えるもの

日は朝からいつもより多めに薪を燃やしている。毎年ここを訪れて来る夫婦に、時間の許す限りゆっくりしていって欲しいからだ。4年前のこの日、ここから近い場所で行われていたスキー合宿に参加していた小学生の中で、1人だけ宿に帰って来ない少年がいた。すぐに周辺に住んでいる住民達を駆り出した捜索が始まったが、その日は雪も風も強かったために、捜索はあっという間に打ち切られてしまった。少年は未だに見つかっていない。その時から、あの夫婦は毎年この日にこの山小屋を訪れ、山を眺め、手を取り合いながら帰っていく。

彼らが最初に来た時、焚き火は小さかった。そこで酷く寒そうにしていた2人に「どうぞ中へ入ってください」と声をかけようとしたが、震える手を合わせて祈り始めた姿を見て、遭難した少年の両親なんだと気付いた。当時、少しだけテレビに映ったあの悲痛な夫婦は、今では一回り小さくなってしまったかのように見えた。

そして今年もあの夫婦が来た。俺はいつもここから彼らを見ている。こんな時期に山小屋に来る人たちとは格好が全然違うからすぐに分かる。なんだかいつもより会話が弾んでいるようで少し安心した。惜しげも無く薪を入れたから温度も充分なはずだ。

今年こそ自慢のホットコーヒーを差し入れられるかもしれない、そう思ってそそくさと用意を始めた時、俺は彼女の妊娠に気付いた。彼女のお腹をいたわる2人の仕草。きっとそうだ、間違いない。やっとあの2人は乗り越えたんだ。俺は手に持っていたホットコーヒーを戻し、夫婦に向かって小さく拍手を送った。この涙が止まったら何食わぬ顔でホットコーヒーを持って行こう。俺はそう心に決めた。