第77回 9月の憂鬱

私達は映画を観に来た。夏休み最後の日という事もあって、子供連れの家族が多くロビーはとても賑わっていた。2つある女性用のトイレはどちらも外まで並んでいる。少し時間かかっちゃうけど御免ね、と夫に告げて私はトイレに並んだ。それから10分くらい待たせただろうか。トイレから出て来ると夫が見当たらない。思ったより時間がかかってしまったからベンチにでも座っているのだろうか。少し離れた場所に、夫はいた。

私と夫は小学校の教師。ある小学校で出会い10年前に結婚した。まだ子供はいない。だから夏休みは毎年2人だけで色んな場所に旅行して過ごしている。夏休み最終日の今日はあまり遠出をせずに映画でも観ようということになっていた。夫はきっと映画館に溢れる子供たちを見て、明日のことを考えてしまったのだろう。私も教師としてその気持ちが痛いほどよくわかる。私達にとって明日ほど神経を使う日は無いからだ。

友達に久しぶりに会って大騒ぎしている教室の中で、無表情で誰とも話さない子供が必ずいる。不登校気味だった子供でも「新学期の初日ぐらい行きなさい」と親に言われ、無理矢理学校に来る。そして、普段よりも興奮している教室の中で更に孤独を感じ、心を硬く硬く閉ざしてしまう。時にはそのまま2度と会わない子供もいる。だから私達教師は毎年9月1日を憂鬱に思っているのだ。

夏休みの宿題が全然終わってない子供みたいだよと言うと、「あの子たちは今頃もっと苦しんでる。無理しないで休んでいいぞって言えたら良いのに」夫はそう呟いた。それ明日の朝、家に電話して言っちゃおうか、と言うと夫は少し笑った。私は本当に言っても良いと思ってる。無理しながら生きるってあの子たちにはまだ早過ぎる。そう思ったら気分が軽くなって来た。夫も同じ気持ちになったのかようやく立ち上がってくれた。「明日の朝は忙しくなるな」夫の言葉に私は強く頷いた。