第75回 揺れないブランコ

「10歳を越えると、もう誰も君達をもらってくれないぞ」毎日のように院長先生に言われつつ、僕とユミコはとうとう10歳を迎えた。近頃は新しく入った子供達に、ここでの過ごし方を教えるばかりの日々だ。この孤児院で最年長の僕たちは、子供をもらいにくる若い夫婦に見向きもされなくなっていた。朝ご飯を作り、掃除をして、まだ幼い子供たちの面倒を見て、勉強し、ブランコで時間を潰し、夕飯を食べて、狭い部屋で眠る。ユミコとは何年もこうやって毎日を一緒に過ごしていた。

そんなある日、彼女をもらいたいという中年の夫婦が現れた。何度かここを訪れている、見るからに優しそうな夫婦だ。院長先生は大喜びしてその申し出をすぐに承諾した。すっかり臆病になってしまっているユミコの気持ちなんてお構いなしだ。このまま一緒にここで生きていくのかな、とぼんやり思っていた僕たちは凄く動揺した。急に会話もぎこちなくなり、お互いに顔も合わせられない。ここに1人残される僕の嫉妬だと思うかもしれないけど、それは違う。時間をゆっくりとかけて、とても自然に2人の関係は強く繋がっていたからだ。共に過ごす最後の夜、僕の布団に入って来て思いっきり泣いた君を今でも忘れられない。

本当に久しぶり。1度電話で話したっきりで、会うのは20年振りかな。また一緒にブランコに乗る日が来るなんて。ここを出て行った後の僕の事は何となく聞いてるだろうね。僕なりに頑張ったんだよ、でも駄目だった。院長先生には迷惑かけたくなかったんだけど、どうしてもうまく生きていけなかったんだ。だから僕は少年のままここで過ごしてる。孤児院は何年も前に閉鎖して今は小さい公園になってるけど、いつかユミコに会える気がしてね。ずっとずっと待ってたんだ。来てくれて嬉しいよ。見えないだろうけど、随分大人になった君の隣のブランコに僕はちゃんと座ってる。だからもうそんなに泣かないで。

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