第60回 受取人不明

僕の地方では、船乗り家業は長男が継ぐと決まってる。まだ幼い頃から船の手伝いをさせられ、15歳になると初めて船に乗る事を許される。最初は全ての雑用をこなすだけだけど、慣れてきた頃に任されるのが錨を下ろす仕事だ。船長の指示通りの場所に迅速に錨を下ろし、縄で船を固定する。一見簡単な様で、実は一番責任重大な仕事と言っても良いくらいだ。

遠浅で岸まで寄せれず、更に風が強いこの地方では、船が流されないために近くの船と自分の船を結ぶ習慣がある。錨を下ろしたら一瞬で自分の船に縄をくくり付け、近くの船に「これ頼んだよ」と声をかけ縄を投げる。この作業が早ければ早い程クールなんだ。逆にモタモタしてたら馬鹿にされて無視されてしまう。そんな時は自分で投げた縄をたぐり寄せ、相手の船に結びに行かなきゃならない。服も濡れるし、船長にも怒鳴られる。かなり厳しいけどしきたりだから仕方ない。

縄を誰にも受け取ってもらえないまま1年が過ぎ、僕は16歳の誕生日を迎えた。いつもの様に漁をして港に帰って来ると、なぜか今日は船が異常に多かった。こんな状態でモタモタしてたら、きっと怒鳴られるだけでは済まないだろう。僕は緊張しながら錨を下ろし、急いで隣の船に縄を投げた。すると初めて縄を受け取ってもらえたのだ。その瞬間、周りの船から大歓声が巻き起こった。僕は何が起こったのかすぐには分からなかった。そんな僕を船長いや父親が抱きしめてこう言った。「一年間の縄修行がここのしきたりだ。よく頑張ったな。誕生日おめでとう」

僕の投げた縄を無視していた人達が中心になって誕生日を盛大に祝ってくれた。「実はこの前受け取りそうになっちまったよ」とか「もう俺よりも早いかもしれない」なんて冗談を言われながら泣いて笑った。船を流さないために作られた古いしきたりは、16歳になるまで絶対に知ることは出来ない。受け継いで行こうと思う。僕も今日から漁師だから。

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