第151回 あなたの未来についてお話が

私は課長だ。ずっと前から課長だ。この先もずっと課長だろう。なにしろ課長のまま10年以上経っている。小さい会社だが少しづつ業績も上がっていて、社員も年々増えているが私は課長のままだ。人づき合いが苦手なことが原因なのは分かっている。女性社員にも明るく挨拶するようにしたし、色んな啓発本を読んで改善しようともした。でも私には無理だった。部下の私生活などに興味はないし、仕事が終わってからも会社の人間と過ごすなんてとても信じられない。人はそう簡単に変われやしない。

ある日、手渡された名刺にいくつかの浮き上がる文字が見えた。「ほう、最近はこんな印刷方法もあるのか」と感心したが、肝心の文字の意味が分からない。「この浮き出る文字はどういった意味なんでしょうか、恨や女や縛という文字。少々物騒な気もしますが」と聞くと周りの人間が興味津々に名刺を覗いて来た。すると「何も見えないじゃないか」「失礼じゃないか、君は突然何を言ってるんだ」と私が散々に言われている中で、名刺を渡した本人の顔が真っ青になっている。彼が警察に自首したのはそれから2日後のことだった。

噂は一気に広まった。なにしろあの時の光景を上司や相手先の人間が大勢見ていたのだから仕方がない。瞬く間に私のデスクはどこからか集まった名刺で一杯になってしまった。同じ会社の人間の名刺から始まり、競合相手の会社役員の名刺、もうすぐ結婚する相手の親の名刺など、狙いは大体が薄暗いものだった。私は全ての名刺をカバンに詰め込んで会社を出た。「よろしくお願いしますね」「なるべく早めにお願いします」などと声をかけるものまでいる。申し訳ない。2度と会社に戻ることは無いだろう。これだけのネタがあれば私は一生優雅に暮らせるのだから。