第134回 私から離れて

結核にかかった私はしばらく隔離されることになった。どうりで何週間経っても咳が止まらなかったわけだ。レントゲンで結核らしき影が見つかった時のお医者さんの慌てようは今思い出しても笑ってしまう。「そこから動かないでください」と言われ、近くにいた全員が私から離れてしまった。まるで感染パニック映画のワンシーンのように。私は持参していたマスクをして、お医者さんが戻ってくるのを一人じっと待っていた。

隔離病棟での入院は長くて2ヶ月。意外にも私のような30越えたばかりの女でも目立たないくらい若い人が多い。中でも若かったのはマサミという小学2年生の女の子。私が入院する数日前にここに来たそうだ。前歯が2本とも無くて、笑顔が可愛いマサミを私はすぐに大好きになった。彼女も私に懐いてくれて、私達は毎日よくおしゃべりをした。勉強を手伝ったり、運動会のダンスの練習にも付き合った。好きな男の子の話も聞いたし今どきの小学生の流行も教えてもらった。私の病状は悪くなるばかりだったけど、入院生活がこんなに楽しいものだなんて思いもしなかった。

ふと、退院が近づくにつれてマサミがどんどん元気がなくなっていることに気付いた。廊下で私を見かけても目を逸らして隠れてしまう。心配になって珍しく私から病室に遊びにいくと、ベッドで毛布をすっぽり頭から被っている。どうしたの?お家に帰れるのが嬉しくないの?と聞いても返事をしない。泣いているのがわかる。私はベッドに座り、彼女が何か話してくれるのを待った。すると数分後、毛布を被ったまま震える声で言った。「お願い。気付いて。お姉さんはもう何日も前に死んだんだよ」

私は驚いた。本当にこんなことがあるのかと。あんなに素直で可愛い子を怖がらせてしまっていたなんて。急いでベッドから離れてドアに向かう。その時ノートが目に入った。何日か前に一緒に漢字を練習した時のままになっている。最後の行には「やさしかったお姉ちゃんのことずっと忘れません さようなら」と書いてあった。私もマサミのこと忘れないよ。私、まだ泣けるのかな。