第18回 木製レジスター

反物の問屋業をしていた祖父が一番大事にしていたものは何か、家族全員が知っている。それは木製の特大レジだ。当時はそろばんが主流だったにも関わらず、突然祖父はどこからか高級なレジを買って来てしまった。まだ家族を充分に養えるほど稼げていなかった頃の無駄使いに、夫婦で随分大喧嘩をしたらしいけど、結局根負けした祖母の我慢により、この木製のレジは店先で何十年も使われ続けた。

そんな祖父が亡くなって1ヶ月。なかなか遺品整理を始めない祖母の代わりに、夏休みで暇そうにしていた僕が祖父の部屋の片付けに送り込まれた。寝たきりになり、家業を畳むことになった時も処分せず手元に置いていたレジは、今も堂々と机の上で目立っている。少し眺めただけだけど使い方はなかなか難しそうだ。確かに、一日に何度か使うだけなのにこの無駄な大きさは怒られても仕方がない気がする。

なんだかんだ言って祖父の事が大好きだった祖母が、店を畳んでからもこまめに掃除していたからレジはとても綺麗なままだった。何度も何度も拭かれているうちに変色した表面の色味が何とも言えない。ボタンをいくつか押してみるとカシャカシャと軽い音が鳴る。そして不意に「チーン」と間の抜けた金属音が部屋に響いた。それは不思議と僕にとっても懐かしい音だった。今まで気付かなかったお寺の鐘の音が、どこからか微かに聞こえて来た時のような感覚。一階にいる祖母にも聞こえただろうか。レジが奏でる音色が、祖母の憂いを少しでも和らげるかもしれない。僕は少し時間を置いて、もう一度音の鳴るボタンを押した。