憧れのアーティストの姿に少しでも近づこうとする少女たちの思いは万国共通だ。4月9日、ウィリアムズバーグのコンサートホールではアンティークのワンピースを着た前髪ぱっつん少女たちがステージ上を見つめていた。少女達が熱い視線を送る先、それはUSインディーポップ界で今大注目のシンガーソングライターWaxahatchee(ワクサハッチー)こと、ケイティ・クラッチフィールド(26)だ。この日、彼女の3枚目のアルバム『Ivy Tripp』を引っさげたライブはソールドアウト。等身大の自分を歌い続ける事で揺るぎない支持を獲得してきたケイティ。しかし、その快進撃の影には彼女の双子の姉アリソンの存在がある事を忘れてはならない。今回のコラムではUSインディーポップ界で活躍する双子の姉妹の物語をお伝えしたいと思う。

USインディーポップ界大注目のWaxahatcheeに迫る! column150714_usa_2

(左)アリソン (右)ケイティ

1989年1月4日、ケイティ・クラッチフィールド(以下ケイティ)は双子の姉アリソンと共にアラバマ州バーミングハムで生まれた。地元で保険会社を営む父と、専業主婦の母の間で育った2人は、幼少の頃よりタップダンスを習うためにダンススクールに通い、学校では聖歌隊に参加するなど音楽と共に幼少時代を過ごした。2人の父親はカントリーミュージックを愛聴し、娘たちには“大学を卒業し、25歳で結婚”そんな古臭い理想を押し付ける南部の男だった。しかし、ケイティとアリソンが思春期を迎える頃、父親の理想は打ち砕かれた。2人はパンクに出会ったのだ。髪を染めてパンクに夢中になる娘たちの姿に父親は激怒したが、2人は本気だった。ケイティとアリソンは学校が終わると寄り道をせずに帰宅すると自宅の地下室へと籠り、楽曲制作に明け暮れる毎日を送った。そして15歳の時に地元の友人たちと共にバンドを結成。ケイティがヴォーカルを務め、アリソンがキーボードを担当したバンドThe Ackleysは地元のDIY系ライブハウスで初舞台を踏み、アルバムとEPを1枚ずつリリースしワープド・ツアーにも参加した。しかし、バンドは短い思春期の終わりと共に約3年間の活動を経て解散に至った。

▼The Ackleys(17歳の頃のケイティとアリソン)

地元の大学へと進学したケイティとアリソンはすぐに新たなバンドP.S. Eliotを結成した。授業へ顔を出さずにバンド活動に専念する2人に父親は再び激怒したが、ツアーに出て自分たちの音楽を演奏することが楽しくて仕方なかった。ケイティは憧れのバンドの影響を受けてタトゥーを入れ、ウィードも試した。結局2人が大学を卒業することはなかった。バーミングハムのDIYシーンに置いて一躍その名を知らしめたP.S. Eliot。しかし、周囲の期待とはうらはらに2人はバンドを取り巻く環境にうんざりしていたという。ツアー先で出会うミュージシャン達の洗練されたライフスタイルに刺激を受けていたケイティとアリソンは地元での生活に閉塞感を抱き始めていたのだ。2人は当時のバーミングハムのシーンに蔓延していた男性優位社会に失望し、そこで生きていく事に限界を感じていたのだ。そうした空気の中、次第にバンドの勢いは失われていった。そして、姉のアリソンはある大きな決断をした。それは地元を離れて1人、ニューヨーク・ブルックリンへと活動の拠点を移す事だった。アリソンの決断を聞いたケイティは複雑な心境だった。なぜなら、それは生まれてからずっと行動を共にしてきたアリソンと初めて離れて生活をする事を意味していたからだ。

P.S. Eliot – Tennessee @ Third St. Co-Op

2011年冬、ケイティはどん底だった。バンドの解散、不安定な人間関係、将来、不器用な自分、そしてアリソンとの別れ、生活の全てに疲れていた。そして、感情の整理がつかないまま迎えた22歳の誕生日前日、ケイティは車にアコースティック・ギターを積み、自宅を離れた。向かった先は、地元の湖の畔に建つ父親が所有する小さなコテージだった。この時、ケイティはやり場のない思いと爆発しそうな感情を歌にしようと誰もいない場所を求めていたのだ。インターネットも携帯電話も繋がらない孤立した環境。さらに窓の外はアラバマ州を襲った歴史的な吹雪。そうした中、ケイティは7日間で11曲の楽曲を制作・録音。完成したアルバムを『American Weekend』と名付けた。そしてケイティは自身のソロ・プロジェクト名をコテージの近くを流れる川の名前からWaxahatcheeと名付けた。

Waxahatchee – 8athtub(live at VLHS, 3/5/2012)

2012年1月にリリースされたWaxahatcheeことケイティの1stアルバム『American Weekend』は同世代を中心に共感の嵐を呼んだ。さらに荒々しささえの残る完全DIYなアルバムながら、その年のニューヨーク・タイムズ紙が選ぶ「アルバムトップ10」に選ばれ、テレビドラマ『ウォーキング・デッド』の劇中では女優のエミリー・キニーがアルバムに収録されている楽曲“Be Good”を口ずさんだ。

The Walking Dead 4×13 Beth Singing To Daryl

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