Interview : Organic Groove ~革命さえも進化スル~
2010年、伝説のイベント<オーガニック・グルーヴ>が復活!! 日本神話とジャム・バンドを融合させた仕掛人がインプロで語る

1999年、<フジ・ロック・フェスティバル>が苗場に会場を移したその翌月。今は無き新宿リキッドルームで産声を上げた<オーガニック・グルーヴ>は、音楽シーンを席巻していたテクノやドラムンベースのDJが名を連ねるナイト・クラブに、「ジャム・バンド」をブッキングするという荒技をはじめて成功させた。今でこそクラブDJとライヴの組み合わせは珍しいことではないが、当時としては非常に画期的な試みで、現場の人間はみな戸惑いながらも、喜んで受け入れたという。
メデスキー・マーティン&ウッド(以下MMW)を主役に据えた初回以来、テーマと場所を変えつつ1年に数回のスパンでイベントは継続された。ギャラクティックの初来日を迎え撃ち、<トゥルー・ピープルズ・セレブレーション>と銘打った野外フェスも同時に立ち上げるなど、メジャー・フィールドからは孤立無援の状態ながら、独特の磁場とファン・ベースを獲得。キャンドルジューンの蝋燭がゆらめく、幻想的な森のステージをつくりあげたかと思えば、バンドの演奏中に能面師やフラメンコのダンサーを飛び入りさせるなど、常識を覆すアイデアと演出の数々も話題を集めるポイントだった。しかし、これまでの集大成とも称された、2005年末のディファ有明でのカウントダウン・パーティを最後に、<オーガニック・グルーヴ>の活動は衰退。この度のカムバックまでおよそ3年以上、すっかりと鳴りを潜めてしまうことになる。
近年、「オーガニック」や「エコロジー」、「ロハス」などというキーワードを掲げる企業やフェスティバルが乱立しているが、間違いなく<オーガニック・グルーヴ>はそのパイオニアでもあった。発起人の小松原太一氏は、由緒正しき伝統芸能の家系で育ちながらも、己のやりたいこと、好きなことを突き詰めるために自信を持って“改宗”した。10代でアメリカ文化の洗礼を浴び、グレイトフル・デッドやフィッシュに心酔。ジャム・バンドの魅力と精神をもっと日本に伝えたいという一心で、仲間たちと<オーガニック・グルーヴ>を立ち上げたのだ。だからこそ、今回の復活にかける意気込みはでかい。彼の気持ちは、今もあの頃と何ら変わっていない。
すでに、日本神話からインスピレーションを得た第1弾の「岩ト開キ」が1月末に開催されたばかりだが、それはまだ復活の狼煙に過ぎない。4月に予定されている「革命さえも深化スル」では、もはや盟友とさえ呼べる最多出演アクトのMMWを再び招き、より進化(深化)した奇跡のような音楽体験を約束してくれるはずだ。予定調和とは対極に位置する演奏で聞かせるジャム・バンドは、「人生は一度きり」という言葉を体現するかのような存在である。そこに魅せられた小松原氏もまた、インプロヴィゼーション(即興)を愛するアーティストだということなのだろう。
(text by Kohei Ueno)
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