――felicityのHPに掲載されている石橋さんのセルフ・ライナーノーツを拝読しましたが、その文中に「実際歌を作る人間として、歌うこと、とりわけ、歌の中で言葉を発することがとても窮屈になってきたなと感じる瞬間がありました」とありましたが、どういう意味で窮屈に感じたのでしょうか?

ソロ作品を作りはじめた頃は、自然に歌と歌詞が同時に出てくるような感じがあったんです。当時は“同時に出てくる”って感覚すら気にしないくらい、本当に自然にそうだったんですよね。でも、私にとって、隠れている出来事や人の心を探す事の意味合いがこの数年間でがらっと変わってしまった。人間の死すら簡単な情報になってしまいます。そうなると自分がシンガーソングライターとして歌にする事自体も情報になるんじゃないかと思うと興ざめしてしまって、どのように歌をつくるか、なぜ、歌を作るのか、もう一度考え直す必要があると思ったんです。

――そのように「言葉」にある種の不自由さを感じながらも、インストではなく、敢えて言葉から逃げずに、本作を作り上げたのは、どういった狙いからだったのでしょうか?

敢えてまったく気にしないでやることもできたかもしれないんですけど、そうすると自分を乗り越えることができないんじゃないかって思って。そういう自分の中の葛藤とも向き合いながらも、曲が持つメッセージ性から離れて、歌がもっと日常的に、もっとさらっと入っていくようなそういうものを作りたいなって思ったんです。子供の頃に触れた音楽や本や映画は、そんなにディテイルを覚えてなくても、自分の中にずっと残っている。そういう物を作りたいと思いました。いつも思うのは、歌作りって、言葉と歌と自分、その関係性を探す旅のようなものだなって。

――なるほど。話が前後しますが、英語の作詞を実際にやってみて、いかがだったでしょうか?

自分で思いついてみたものの、さ、……どうしようって感じでした(笑)。ベーシックを録音しているくらいから、英語の本を読んだり、英語字幕で映画をみたりして勉強しました。そしたらだんだん英語で言葉が出てくるようになりました。「やっぱ勉強はいくつになってもだいじなんだなー!」と思いました。

――おお、素晴らしいです!  でも、それこそ英語の歌詞ならば英語のできる人にお願いしてしまうという選択肢もあったと思いますが。

それは不思議と全然思いつかなかったですね。たぶん、自分でやってみたかったんでしょうね。日本語だと1字につき、1音という感じだけど、英語だともっと速いスピードで、16のリズムで言えたりとか。全然違うなって思いました。英語のほうが倍音が出るし、音の種類も多様かなって思いましたね。英語の発音で歌ったらどうなるのか、倍音はどうなるのか……、自分で試したかったんでしょうね。

――結果、英語と日本語の歌詞で、どっちが自分に合っていると思います?

まだよくわかりませんが、これまで英語の歌のほうに多く触れてきたから、自分が作るメロディには英語の方がハマりやすいのかなって。でも今回、前野さんに書いていただいた歌詞は、歌いやすとか歌いにくいという以前に、歌っていてすごく楽しい。それは自分にとって本当に嬉しいことでした。

石橋英子 / Eiko Ishibashi “塩を舐める / car and freezer” (Official Audio)
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――前野さんも他人のために歌詞を書くのは、はじめての試みだったみたいですね。石橋さんのほうからどんなディレクションをしたんですか?

いや、ディレクションはしていないです。ほとんど、丸投げ。お任せで好きなように書いてくださいって頼んだんですけど、前野さんは困っていたみたいです(笑)。私の書く曲が前野さんの曲と全然違うタイプのものだったので。だからプレッシャーだったみたいですね。でも前野さんは、この曲はどこで書いたらいいかとか決めて、いろんな場所に行って、町を練り歩いてくれたりして、書いてくれたみたいです。

――狙い通りのものが仕上がってきましたか?

狙い通りどころか、もう、想像以上のものを書いてくださって、本当に嬉しかったです。まさかあんな曲のタイトル、内容があがってくるなんて思ってもいなかったので。完全に予想を上回るものでしたね。

――石橋さんの歌詞と前野さんの歌詞が偶然にシンクロした部分とかもあるんですか?

あります、あります。同じ曲の同じセクションで前野さんは「お酒飲んで」と歌っていて、私は「Drinking wine」と歌っていたり。

――おお、すごいですね! 歌詞を書くときに、石橋さんはどんなことからインスピレーションを得ていますか?

今回は自分の生活や身近なことから発想していくことが多かったですね。自分の故郷の風景だったり、自分が道を歩いている時に見つけたカエルの話だったり、日常に転がっているようなことを歌詞に書きました。敢えて今回はそういう感じにしました。

――故郷の風景というのは、幼少期を過ごされた千葉の茂原市のことですか?

そうです。

――何度か行ったことがありますけど、綺麗な田園風景が広がっていて、すごくいいところですよね。

今回はアルバムのタイトルになっている『car and freezer』も茂原の風景をモチーフにしたものなんです。ほのぼのとした田園風景が広がっているけど、所々に不法投棄された車や冷蔵庫が転がっていたりして。これまであまり歌詞の題材に取り上げたことはないんですけど。あ、でも“ガスタンク”という曲はそうだったか。“car and freezer”は捨てられた車や冷蔵庫がまた命を取り戻し、一緒に海に向かっていくというストーリーなんです。

――ある意味ではSF的な展開ですよね。前に本誌でアンケートをさせていただいた時に、フィリップ・K・ディックやフラナリー・オコナー、深沢七郎をフェイヴァリットに挙げていましたよね。

大好きですね。人間が営んできたものの結果を想定して生きるというこってすごく大事だと思っていて、そういう意味でもフィリップ・K・ディックとかはすごくヒントや刺激を与えてくれる作家。実際に彼がサイバー・パンクの世界の中で表現していた仮説がいままさにその通りになっていることってたくさんあるんですよね。小説もそうですけど、60年代、70年代のSFって大好きですね。いまでこそ多くの人が環境問題や情報社会、資本主義社会の問題、原発問題について議論をしているけれど、昔からそういう問題をテーマにしている本や映画は沢山ありましたね。

――好きな映画監督にファスビンダー、カサベテス、ヘルツォーク、ポール・ヴァー・ホーヴェンなどを挙げられていましたが、映画がとてもお好きなんですよね。最近の映画監督さんだと好きな人はいますか?

ギリシアのヨルゴス・ランティモス監督とか。『籠の中の乙女』は笑いと苦さや痛みが同時にやってくる映画でした。監督の名前をわすれちゃったけど、最近の映画だと『裏切りのサーカス』という映画も大好きでした。あと、いま『パラダイス3部作 愛/神/希望』が上映されているウルリヒ・ザイドルも好きです。

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